スリランカの学校

スリランカの地図  
省名 建設数
南部州ハプガラ 1

スリランカ・学校建設の例

スリランカの平均識字率が96%であるのに対し、ところによってはたった6%にすぎない、教育面で完全に置き去りにされている地域があります。

コロンボから車で3時間あまりの辺鄙な場所フランダワ。住民の90%がタミール人(*スリランカはシンハラ人)で、英国統治時代に茶葉プランテーションの労働力としてインドから連れてこられた人たちの子孫が多く居住する地域です。プランテーションの過酷な労働条件は現在も貧困を生み出しています。貧困家庭の父兄は教育の必要性に理解がなく、子供たちも労働力の一部とされ、教育を受ける機会を与えられていません。このような地域では子供達のみならず父兄に対する教育も不可欠と考え、地域全体の教育水準、生活水準を引き上げることをプロジェクトの目的としています。

授業のない時には、 90%を占めるヒンズー教徒のみならず、キリスト教徒、仏教徒の枠を超えて地域住民に対する教育の場所として校舎を活用、地域全体の向上を目指しています。


<コラム:日本の大恩人!>

1951年、蔵相であったジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ氏は、戦勝国の一員として サンフランシスコ講和会議に当時のセイロン代表として出席。当時の主産業であるゴム園に大打撃を与えた日本に対し、「憎悪は憎悪によって止むことはなく、慈愛によって止む」という法句経の一節を引用すると同時に「日本の掲げた理想に独立を望むアジアの人々が共感を覚えたことを忘れないで欲しい」と述べ、日本に対する賠償請求を放棄する旨の演説を行って各国の賛同を得、日本が国際社会に復帰できる道筋を作ってくれたのです。このことが、戦後の日本の復興を早める大きな一因になったことは疑う余地はありません。

なお、彼はスリランカの第二代大統領に就任しています。

また大の親日家の彼は、「一方の角膜は日本人に、他はスリランカ人に」との遺言を残し、長野県の女性にその角膜が移植されました。